31歳で子宮頸癌を発病しました。
娘は当時3歳になったばかり。

HPVハイリスク陽性により、要精密検査となり、細胞診を受けることとなりました。
お医者様は「ASC-USならガンになってることはほぼないので」とおっしゃったのでとっても気楽に細胞診を受診。
しかし結果はCIN3か、それ以上とのことでした。
この時点で手術は確定。
主人が出張で多忙なため仕事をほぼワンオペ育児をしてきました。
そのため娘は私と過ごす日々が多く、手術による入院で初めての私不在の夜を迎えることになります。
正直この時点では「自分が癌であるかもしれない」ということよりも娘と家事に不慣れな主人のことが心配でなりませんでした。

手術の為の入院、その前の通院の段階から幼いなりに何か感じ取っていた様子の娘。
手術の日が近づくに連れて私が塞ぎ込みがちになると膝に座り甘えてきます。
病気のことを3歳になったばかりの娘にどう話そうか、とても悩みました。
主人は病気のことは伏せておけと私に言うけれど、私の中では何事もないように過ごすのは困難でした。
娘が異変を感じ取っている以上、黙っていることは娘に嘘をつくようにも感じられました。
悩んだ末に入院の少し前に「ママはお腹にオバケがいてね、病院にお泊まりして、そのオバケをやっつけてもらうからね」と娘に話しました。
オバケや鬼、怪獣、バイキンマンなどいわゆる「悪者」なら認識できる月齢です。
娘は「じゃー、私がオバケをやっつけるよ」と答えてくれました。
入院前日娘に「ママの大事だいじをあげるから、寂しくなったらソフィアみたいに首から下げて、ネックレスに願い事してね」と私が母から譲り受けたネックレスをお守りの代わりに渡しました。
プリンセスが大好きな娘は大喜びです。

そして迎えた入院日。
面会時間を終えて、主人と娘が帰宅する時間になりました。
娘がグズるのではと思っていましたが、笑顔で帰宅して行きました。
「ママ、オバケやっつけるのがんばってね」
と元気に手を振ってくれる姿に涙が溢れました。

手術から5日後に動脈性出血を起こし、主人が出張で不在のため娘を連れて救急へ駆け込む事態があった際も、私が処置を受ける横でずっと「ママ、私がいるよ、大丈夫だよ」と声をかけてくれました。

手術の結果、高度異形成ではなく癌化しており、わずかに浸潤が進んでました。
先の手術で一旦取れる部分は取ったので現在は経過観察ですが、娘がもう少し病気について理解できる年齢になったら、しっかりと伝えようと思ってます。

娘に病気のことで気を遣わせてしまってる申し訳なさと、娘の健気さが心配になるのも正直なところです。
それでもそんな優しい娘に感謝しつつ、娘のためにもしっかりと通院して過ごしたいと思います。